「車について」という記事を先日書いたんですが、それから地方都市における車の是非について色々考えて、インターネットで意見を調べてみたので、それをまとめておきましょう。
最初に結論
結論としては、家族持ちとか介護対象ありとかならメリットがあり、独身なら微妙。そもそも車を運転するのが好きな人というのはそんなにいないので、自動運転が来たらみなそちらに移るのであろう、というものです。
自分語り
まず、現状の自分の場合、車は圧倒的に不要です。だって通勤するのは月に多くて2~3回。それも自転車で最寄り駅まで行って、特急に揺られて北千住駅、そこから地下鉄に乗って会社着。東京の家も公共交通機関のみで行けますし、大体のことは徒歩・自転車・バス・鉄道でこなせます。タクシーは、実はいまだに自分の金で乗ったことがありません。歩いて10分で繁華街まで行くバスが数分おきに出ていたり、あるいは東京駅まで乗り換えなしで行ける電車が数分おきに出ているのですから、要りませんよね。
群馬の自宅での生活も、自宅の自転車圏内にスーパーもコンビニ(素晴らしいことに大手三社どれも!)もドラッグストア(素晴らしいことになんと複数店舗!)も書店もホームセンターもチェーン飲食店もあります。娯楽にアクセスしづらいという問題はありますが、それこそ、このインターネットってやつもあるし、図書館もあるし、いざとなったら街中まで行ってレンタカー借りればいい話ですからね。今調べたら市内中心部にカーシェアが出来てました。借りる人いるんでしょうかね。
独身でなおかつ徒歩・自転車・公共交通機関で生活がまわってしまうのであれば、車はただの金食い虫。趣味でどうしてもSUBARU BRZに乗りたいとかTOYOTA GR86に乗りたいとかならさておき、現代人の8割は車をただの足と思っているでしょうから、車がなくても生活できるのなら、無くても問題ありません。運転がしたくてたまらない人というのはほとんどおらず、なので完全自動運転が来たら結構な人々が運転という労苦から解放されます。
2軸で考える
さて、車を持つ上で二つの軸で考えてみます。
「(クルマなしでも生活できる)都市部」「(クルマなしだと生活できない)地方部」という軸と、「独身or子無し」「子ありor介護」という軸があります。
先日読んだ記事では、電動キックボードが本格的に導入されることで、そこそこの地方部でも車がいらなくなるんや、みたいな論調でしたが、その方はおそらく独身。「子ありor介護」という軸で考えると、車ってすげーーー便利なんですよね。公共交通機関だったら泣き叫ぶ子をあやす時点で公開羞恥プレイのような目に遭ってしまいますし(良くない話ですが)、その点車に放り込んでおけばそういった心労からは解放されます。同様に、老いた親を病院やら施設やらに連れて行くのに、公共交通機関よりも車の方が圧倒的に楽で快適で気苦労がありません。
また、その記事の筆者は長年のバイク乗りのようなので指摘が全く無かったのですが、ほとんどの人は雨風の中でバイクや自転車には乗りたくないんですよね。車ならそういった天候の問題をほぼクリアできます。
だから、最近インターネットで話題になってるらしい車必要・不要論は、そもそもの前提が共有されてないから、分かり合えるはずがないんですよね。私の考えとしては、
- 「(クルマなしでも生活できる)都市部」+「独身or子無し」→完全に不要。公共交通機関を使え
- 「(クルマなしでも生活できる)都市部」+「子ありor介護」→おそらく不要。なぜなら車なしでも生活できるだけのインフラがあるから、他の業者に代替してもらえる(東京って病院の送迎マイクロバスなんてのがあるんですね)
- 「(クルマなしだと生活できない)地方部」+「独身or子無し」→程度による。最寄りのスーパーまで10kmとかだったら必要でしょうな
- 「(クルマなしだと生活できない)地方部」+「子ありor介護」→必須。ライフライン。アメリカの中西部で車なしで生活とか即餓死でしょ? みたいな話。
で、現代社会は私みたいな「(クルマなしでも生活できる)都市部」+「独身or子無し」の人間が急激に増えつつありますから、そりゃ車も売れませんわな……という感想です。
ただ、問題はそれを補って余りあるランニングコストの増大です。我が家みたいに駐車場料金ゼロで、完全に足代わりの軽自動車やコンパクトカーを安価に入手して乗り潰す、みたいなのなら別にいいんですけど、駐車場代に月何万も払って週末しか乗らないって、私みたいな貧民は「どこにそんな金があるんだ……」となってしまいます。
加えて、ぶっちぎりに加害リスクが高いです。任意保険に入ってなくて人をはねて殺めてしまったら、故意でなくてもその時点で家庭が終了です。償いのための人生がはじまることになってしまいます。結構リスク高いです。だから任意保険に入らないといけないんですね。
変化が高速の時代に長期間支払う固定費は避けた方がよいのでは?
私見として、これだけ世の移り変わりが早い世界における最適解は、生活が不便に・不快にならない程度に固定費を減らして、身軽に動けることだと思っています。なのでテレビ・マイカー・民間保険・住宅ローンはよっぽどの好条件じゃない限りは、不要ではないか、と思ってしまいます。
10年前の2013年と言えば、私は大学2年生。ようやくスマホを使い始めた子が増えてきたくらいですが、まだサークルでのやり取りはメーリングリストがメイン。「らくらく連絡網」なんてのがあって、それでメールしてましたね。動画サイトと言えばニコニコ動画で、YouTubeはつまらないのであまり見ず。音楽はmp3をiTunes経由でiPhoneに入れて聞いていました。LINEも当時はかたくなに使っておらず、Instagramは国内ではマイナーなサービス。TikTokはそもそもこの世界に存在しませんでした。プログラミングと言えばCとかJavaとかPHPが普通で、Pythonってのを勉強したくても、日本語の参考書はマジで3冊くらいしかありませんでした。
それが10年間でこの変わりようです。今のサークルの子たちは、情報のやり取りにグループLINEを使うのが当たり前。弊学のようなそこそこITリテラシーが高い子がいるところだと、なんとSlackを使っているところもあるとか。完全にその辺の中小企業より進んでますね。メーリングリストなんてのは、過去の遺物と化しました。
2023年の私の場合、動画サイトと言えばYouTube。ニコ動はもはや作業用BGMとしか使っていません。音楽はAmazon music Unlimitedが当たり前。iTunesって何?というレベル。
LINEもインスタもTikTokもすっかり10代20代では空気と同じくらい当たり前のアプリになりました。Pythonの参考書も、もう書店で棚から溢れるほど出版されるようになりました。今ではどれを選べばいいのか、頭を悩ませるほどになりました。
ということで、たかだか10年間でこの社会変化のありようなので、あらゆるものがコモディティ化してきており、車はもう行きわたるべきところまで行き届いてしまって、新規の需要を掘り起こすのは難しいのではないか、という感じです。少なくとも国内ではそうですよね。私見では、住宅もコモディティ化が進んで、1000万くらいで簡単にそこそこの住居を買って使い潰す、みたいな感じになったらいいのにな、と思っています。よく年収600万くらいで4000~5000万のローンなんて組めるな、と思ってしまいます。
先の記事でも書いた「デートカー」なんて煽りも、もう10代20代には効きません。そんなことよりも友人からのリプを遅れずに返す方が100倍大事です。
というか、かつて少々無理して「デートカー」を買っていたような層が、2020年代前半では代わりに最新型のiPhoneをキャリアの月賦で買って、なおかつ20GBなんぼみたいな契約でがっちりホールドされており、そこにAmazon PrimeとかNetflixとかU-NEXTとかの動画サブスク、あるいはSpotify、Apple Musicなどの音楽サブスク、PlayStation Nowなどのゲームサブスクなど、そのあたりの趣味をトータルして考えると、「比率」としては、80~90年代のクルマへの支出と同じくらい使っているのではないかと思います。
それに加えて、最近は手取りもみるみる減ってますからね。こういうの見ると、バカバカしくなってきます。
そもそも車もカーナビとかスライドドアとかセーフティなんちゃらとかなんちゃらカメラとかなんちゃらセンサーとか色々つけないとならなくなって、高機能になるにつれてどんどん単価も上がっていきますし、手取りが減ってるんだからそりゃ売れませんわな。
ということで、家族がいて子がいたり介護する対象の人がいるのであれば、車は有用だけど、そうでも無かったらもはや趣味のものなのかな、と思ってしまいました。
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